介護生活20年

 

こんにちは。

桜の花も満開のようで、心も軽やかになりますね。

皆様、いかがお過ごしでしょうか?

介護生活20年のタイトルに 何?って思う方も多いと思いますが、

先ほど私自身も20年かぁとしみじみ思いましたので、

今じゃないと書けない気持ちを書こうと思いました。

実は、母親(87歳)が、昨年の11月に特養(認知症対応)に入りました。

昨年8月に介護3→5になりました。

ずっと介護3が続いてましたが、昨年1月に心臓病で入院して以来、

いよいよ歩けなくなり、おむつ生活となりました。

3月に退院してから施設に入ってもらう予定でしたが、

思うがけないコロナの影響で、新規入居申込はできない状態になり、

自宅介護に。

市の介護サービス(住宅・福祉用具)、ヘルパーさんやデイサービス、ショートサービスなど

すべて利用すると

介護3の点数?がオーバーしてしまい、出た分は10割負担になります(@_@;)

年金+αが・・・かかることに(;’∀’)

多くの方々が日々、介護しておられるので、何とか楽になる方法があればいいなと感じてます。

特に3月からの10月30日までの半年間、先が見えなかったけれど、

本当にタイミングよく、施設入所の申請を3年間更新しながらやっと空きがでて、

介護5の認定もおり、今に至ります。

しかし、施設に入った途端、心臓病での入院が3回、つい最近も、救急車で運ばれての入院と慌ただしく、

やっと、今年2月に退院し、今は、落ち着いている状態です。

コロナ渦のため、洗濯物などは家族が、3日に一度、病院に受け取り、また、渡す日々、

また、今後のことについて、母親の主治医や施設の方々と、何度も話し合い、

母親が安心して最期まで過ごせる場所、また、私に負担がかからないように、

いくつもパターンを考えていただきました。

本当に感謝しています。

 

思えば、2000年の1月1日に、母親が兄家族の家に孫に会いに行ったときに

脳梗塞で倒れ、しかし、脳梗塞とわからず、正月でもあり、寝ていたのが悪かったようです。

その親を東京まで迎えに行き、2000年の西暦が変わるあわただしい中、福岡の家に連れて帰り

そのまま入院。後遺症は右半身に。リハビリなどで少しずつ回復。

足に装具をつけて、杖で歩ける状態になり、要支援1。

介護制度が導入され始めた年でもあった記憶が。

その間、法律で病院とリハビリが分離して?何年かリハビリに行けず

急速に機能がおとろえました。

それから、徐々に介護度もあがっていき、15年前から同居することに、

親との確執のある私は、感情をモロに出し、自分の身体がままならなく、

イライラしている母親と、いつも喧嘩ばかりしてました。

親も自分の身の周りのことは、かろうじてできたので、

ヘルパーさんを頼み、何とかやってきました。

精神的に波が大きく、妄想、思い込み、依存心の強い母親は、

私を自分の思い通りにさせようと、私の行動全てにおいて

監視するようになり、仕事で遅くなっても、私が、男と遊び歩いている。と

ヘルパーさんや親戚に電話して回ったり、気に入らなことがあると、

叫んだり、会社に電話してきたりと、振り回され、

ますます、親への恨みが募る一方でした。

今思うと、ずっと親のせいで、思うようにいかなと、仕事も含め、

自分と向き合うことなく、親への復讐が、エネルギーとなっていたようです。

しかし、その歪んだ思いは、全て自分に返ってきました。

血液の癌という形で。。。。。

 

幸いにも、今は症状は落ち着いておりますが、

やはり、健康のフィールドにデビルがある私は、

前世からの持ちこしの課題、罪状を乗り越え、

今世でクリアするために、様々な事象が起こることで、

自分と向き合い、全て自分事と捉え、認識を変えていくこと。

学ばせていただいていると、心から感謝できる日がきたら

清算できるのだと思います。

 

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